ReKOHの時々日記
更新は不定期なので、時々見てください。
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2度目の外出
今年も暖かくなりN先生が「今年もどこかへ外出してみらんね?」と言われたので僕は「行くならトイザラスが良いなぁ。」と言うと、大人2人(母上とN先生)に「あがん所まで行きよったら呼吸器と吸引機のバッテリーが持たんよ。」と言われ僕は渋々あきらめた。
次に僕が行きたいと思った所は近くにある本屋の明林堂書店だった。今度は近場だったからか大人2人からも許可が下りて行き先は決まった。まずはじめにN先生が明林堂書店に買い物へ行っても良いか許可を取るために電話をしてくれた。店側の人も事情を話すとすぐ許可をしてくれて、コンセントの場所や店の内装をFAXで送ってくれた。僕はN先生と「親切な人で良かったぁ。」と送られてきたFAXを見ながら話し、どうすればちゃんと店の中を動けるか考えたけど家のFAXの印刷が悪く良くわからない部分もあったので、1度N先生が店までいって中を見た後で色々話し合い呼吸器と吸引機のコードに無理の無いルートを決める事にした。次の授業の時N先生から本屋の内装の事を聞くと先生は「中も広くて棚の間隔も広かったから、大丈夫だと思う。」と言われたので、僕は安心しきっていた。ところが世の中はそんなに甘くは無かった。本屋にも許可を取り今年も外出ができると楽しみにしていた僕に、N先生から外出前に嫌なことを言われた。「外出するために計画表を作ろう。」僕はそれを聞いた瞬間一気にテンションが落ちた。(何でそんなのを作らなきゃいけないんだぁぁぁぁぁ!!)僕の苦手な文章書きと物作りを一緒にしないといけないから、この時はホントにショックだった。
パソコンのワープロソフトを立ち上げ僕はN先生と計画表作りをはじめた。僕は1度もそういう物を作った経験が無く最初から最後までN先生に頼って完成させた。出発時間や今回は誰を招待するか、何時に家へ帰り家に帰った後も招待した人達(ゆっくり時間がある人のみ)とお話し会をするかを先生と決めて1日の表にしていった。あの頃はそれでも凄く嬉しくてヤリキッタ感があったけど、今思ったら先生に頼りっぱなしではダメだったなぁとまた反省してしまう。わからない所を少し先生に助けてもらう程度だったらもっと気持ち良かったろぅなぁと考えたら、ホントにもったいない事をしたと思う。計画表も何とか完成し次は作った表を招待する人たちへ配ることにした。FAXを持っている人へは電話機で送れるから良かったが持っていない人へはわざわざ僕の家まで来てもらわないといけなかったから失敗したなぁと思った。
なんとか招待する方達全員に計画表を配り終え、出発当日を迎えることになった。
外出当日は何と台風が九州へ接近してきていたので朝から少し風が強かったけど台風の動きと雲の厚さをを見て(これなら行ける!!)と思い、僕は母上に「これくらいなら大丈夫!!」と言って外出をするようにした。まだ寝ていた親父を叩き起こし外出する準備を開始。いつもは着ない服に着替え親父が用意した車椅子に乗り、呼吸器と吸引機を車椅子に積み一緒に明林堂へ行く学校の先生を待った。
車椅子に乗って数分後に先生方が家に来られたので、いつも利用している福祉タクシーに乗り明林堂に向かった。約5分ほどで到着しワクワクしながらタクシーから降り駐車場で他の先生が到着するのを待った。2〜3分してやっと皆が揃い開店前の店に入った。本屋に来るのはこれで3度目だがやっぱり沢山ある本の数に驚いた。この時は何を買うか決めずに行ったので優柔不断の僕はどの本を買おうか迷ってしまい、何度も店内をウロウロして先生や店の店員さんに迷惑をかけたからもっとしっかり計画を立てればよかったなぁと今も思っている。
計画をしっかり立てていなかったからずっと何を買おうか迷っていたら、あっという間に店の開店時間になってしまいどんどんお客さんが入ってきた。僕の車椅子は普通の物より縦幅があって凄く場所をとるからお客さんの移動の邪魔になる。僕は父母や先生方に急かされてあんまり面白くない本を買ってしまった。なんでも計画通りには行かないと思ってはいたが、ここまで上手く進まないとは考えもしなかった。家へ帰ってからは先生方とのお話会を無事にする事ができたけど、この経験から何かする時は細かく色々先の事を計算してからやるようになった僕でした。
次に僕が行きたいと思った所は近くにある本屋の明林堂書店だった。今度は近場だったからか大人2人からも許可が下りて行き先は決まった。まずはじめにN先生が明林堂書店に買い物へ行っても良いか許可を取るために電話をしてくれた。店側の人も事情を話すとすぐ許可をしてくれて、コンセントの場所や店の内装をFAXで送ってくれた。僕はN先生と「親切な人で良かったぁ。」と送られてきたFAXを見ながら話し、どうすればちゃんと店の中を動けるか考えたけど家のFAXの印刷が悪く良くわからない部分もあったので、1度N先生が店までいって中を見た後で色々話し合い呼吸器と吸引機のコードに無理の無いルートを決める事にした。次の授業の時N先生から本屋の内装の事を聞くと先生は「中も広くて棚の間隔も広かったから、大丈夫だと思う。」と言われたので、僕は安心しきっていた。ところが世の中はそんなに甘くは無かった。本屋にも許可を取り今年も外出ができると楽しみにしていた僕に、N先生から外出前に嫌なことを言われた。「外出するために計画表を作ろう。」僕はそれを聞いた瞬間一気にテンションが落ちた。(何でそんなのを作らなきゃいけないんだぁぁぁぁぁ!!)僕の苦手な文章書きと物作りを一緒にしないといけないから、この時はホントにショックだった。
パソコンのワープロソフトを立ち上げ僕はN先生と計画表作りをはじめた。僕は1度もそういう物を作った経験が無く最初から最後までN先生に頼って完成させた。出発時間や今回は誰を招待するか、何時に家へ帰り家に帰った後も招待した人達(ゆっくり時間がある人のみ)とお話し会をするかを先生と決めて1日の表にしていった。あの頃はそれでも凄く嬉しくてヤリキッタ感があったけど、今思ったら先生に頼りっぱなしではダメだったなぁとまた反省してしまう。わからない所を少し先生に助けてもらう程度だったらもっと気持ち良かったろぅなぁと考えたら、ホントにもったいない事をしたと思う。計画表も何とか完成し次は作った表を招待する人たちへ配ることにした。FAXを持っている人へは電話機で送れるから良かったが持っていない人へはわざわざ僕の家まで来てもらわないといけなかったから失敗したなぁと思った。
なんとか招待する方達全員に計画表を配り終え、出発当日を迎えることになった。
外出当日は何と台風が九州へ接近してきていたので朝から少し風が強かったけど台風の動きと雲の厚さをを見て(これなら行ける!!)と思い、僕は母上に「これくらいなら大丈夫!!」と言って外出をするようにした。まだ寝ていた親父を叩き起こし外出する準備を開始。いつもは着ない服に着替え親父が用意した車椅子に乗り、呼吸器と吸引機を車椅子に積み一緒に明林堂へ行く学校の先生を待った。
車椅子に乗って数分後に先生方が家に来られたので、いつも利用している福祉タクシーに乗り明林堂に向かった。約5分ほどで到着しワクワクしながらタクシーから降り駐車場で他の先生が到着するのを待った。2〜3分してやっと皆が揃い開店前の店に入った。本屋に来るのはこれで3度目だがやっぱり沢山ある本の数に驚いた。この時は何を買うか決めずに行ったので優柔不断の僕はどの本を買おうか迷ってしまい、何度も店内をウロウロして先生や店の店員さんに迷惑をかけたからもっとしっかり計画を立てればよかったなぁと今も思っている。
計画をしっかり立てていなかったからずっと何を買おうか迷っていたら、あっという間に店の開店時間になってしまいどんどんお客さんが入ってきた。僕の車椅子は普通の物より縦幅があって凄く場所をとるからお客さんの移動の邪魔になる。僕は父母や先生方に急かされてあんまり面白くない本を買ってしまった。なんでも計画通りには行かないと思ってはいたが、ここまで上手く進まないとは考えもしなかった。家へ帰ってからは先生方とのお話会を無事にする事ができたけど、この経験から何かする時は細かく色々先の事を計算してからやるようになった僕でした。
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